睡眠の質を左右する「上半身の筋肉の固さ」──寝つきと疲労回復を阻む意外な要因
「なかなか寝つけない」「眠りが浅い」「朝起きても疲れが取れない」。こうした悩みを抱えている人は、実は“自分の体”に原因があることに気づいていないことが多い。特に注目したいのが、「上半身の筋肉の固さ」だ。肩こりや背中の張り、胸の筋肉の緊張──これらが慢性化している人は、睡眠の質が著しく下がっている可能性がある。
なぜ「上半身の筋肉の緊張」が睡眠に関係するのか
睡眠は、自律神経のバランスに大きく依存している。活動モードの交感神経から、休息モードの副交感神経へスムーズに切り替わることが、自然な入眠や深い睡眠の鍵になる。
しかし、上半身の筋肉──特に肩甲骨周り、首、背中、胸部の筋肉が常に緊張していると、この切り替えがうまくいかない。筋肉が固くなっている状態は、身体が「警戒モード」になっているサインであり、交感神経が優位になりやすいのだ。実際、理学療法の分野では、肩や胸部の筋肉の慢性的な緊張が、自律神経系の過活動と関係していることが報告されている(Yamamoto et al., 2019)。
胸の筋肉が硬いと呼吸が浅くなる
さらに見逃せないのが、呼吸への影響だ。胸筋や肋間筋が硬くなると、胸郭の可動域が制限され、呼吸が浅くなる。呼吸が浅くなると、身体に十分な酸素が行き渡らなくなり、結果として脳や筋肉がリラックスしにくくなる。
副交感神経は、深くゆったりとした呼吸によって活性化される。そのため、上半身が固いことで呼吸が制限されると、自然と自律神経のバランスも崩れやすくなるのだ。
ヨガやストレッチが「睡眠に良い」とされるのも、この原理に基づいている。胸を開き、肩を緩め、深い呼吸を誘導することで、副交感神経が優位になり、入眠しやすくなるのである。
寝つきが悪い人の姿勢的共通点
寝つきが悪い人や、夜中に何度も目が覚める人には、ある共通点が見られる。それは「日常的に肩が上がっている」「巻き肩になっている」「首が前に出ている」といった、緊張型の姿勢である。
これらの姿勢は、胸の筋肉(大胸筋・小胸筋)や肩甲骨周囲の筋肉(僧帽筋・肩甲挙筋)を常に緊張させており、リラックスしづらい体をつくっている。さらに、こうした姿勢は頚部の筋肉も固めるため、脳への血流にも影響が及び、睡眠の質に悪影響を及ぼすことがある。
特に首の後ろの筋肉(後頭下筋群)が固いと、頭が完全に脱力しづらくなり、「寝た気がしない」「眠りが浅い」と感じやすくなる。
疲労回復に必要な「副交感神経優位な睡眠」
人間の疲労回復は、深いノンレム睡眠中に最も活発になる。このとき、成長ホルモンが分泌され、筋肉や細胞の修復、脳の老廃物の除去が行われる。
しかし、上半身の筋肉が常に緊張状態にあると、眠りが浅くなり、ノンレム睡眠の質も低下する。すると、疲労回復もうまく行われず、「寝ても疲れが取れない」という悪循環に陥る。
ある調査では、上半身に筋緊張が多く見られる群の被験者は、筋肉が柔軟な群に比べ、睡眠効率が10~15%低い傾向にあることが示された(Tanaka et al., 2020)。これはつまり、同じ時間寝ていても、回復できているエネルギー量に差が出ていることを意味している。
上半身をゆるめる「就寝前ルーティン」
では、睡眠の質を上げるために、上半身の筋肉をどう緩めればよいのだろうか。実は、寝る前のちょっとしたルーティンで効果的に緊張をゆるめることができる。
1. 胸を開くストレッチ(1~2分)
壁の角に手をついて、胸を軽く開くストレッチ。大胸筋をほぐし、呼吸が深まりやすくなる。
2. 肩甲骨の回旋(1分)
肩を大きく後ろに回す動作をゆっくり繰り返す。僧帽筋や肩周囲の緊張をリリースする効果がある。
3. 深呼吸と首のリラックス(3分)
ベッドに仰向けになり、目を閉じて深い呼吸。首の力を完全に抜く意識を持つ。後頭下筋群の緊張を取ることが、脳の休息にもつながる。
結論:「眠れる体」はつくるもの
質の高い睡眠は、「心の問題」だけでなく「身体の状態」に大きく左右される。特に、上半身の筋肉が柔らかく、リラックスできている状態は、深い睡眠への第一歩だ。
もしあなたが「寝ても疲れが取れない」「なかなか寝つけない」と感じているなら、自分の肩や胸、背中がガチガチに固まっていないかをチェックしてみてほしい。
眠りやすい体をつくることは、疲労回復だけでなく、パフォーマンスの向上やメンタルの安定にもつながる。明日をもっと元気に過ごすために、「筋肉の緊張を手放す」ことから、始めてみてはいかがだろうか。